「義経千本桜」② 碇知盛

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前エントリからの続き。

 渡海屋・大物浦の段(碇知盛)

 この段の主役は平知盛義経・弁慶は添える程度ですが、だからこそ、稀代のスーパースター義経主従の風格が問われます。風格ある義経だと全体が締まるし、知盛の悲哀も際立ちます。「さすがわが君様・・・・・・!」てなります(私は)。これが義経・弁慶役の人形遣い、役者の「しどころ」じゃないかなと思います。

 

 さて、義経たちは尼崎の大物浦まで来ました。ここから九州へ渡りたいのですが、天気が荒れて足止めを食らって舟宿に泊まっています。

 外に行っていた弁慶が、舟宿へ帰ってきます。そして、弁慶は眠っている舟宿の娘の頭をまたいでいこうとしますが、足がしびれて出来ません。不思議だなあ、というシーン。

 実はこの女の子、身分を偽って暮らしている安徳天皇その人なのです。壇ノ浦で死んでいるはずですが、実は生き延びていた、という設定です。高貴な方だったので、弁慶はまたぐことができなかったのですね。そのまま、弁慶は奥へと引っ込みます。

 奥にはもちろん義経公がいます。弁慶は、この「女の子またげなかった事件」を確実に報告するでしょう。

 実は後で明らかになりますが、義経はこの時点ですでに、この子は安徳帝ではないかと疑っています。弁慶が安徳帝をまたごうとしたのは、確かな証が欲しくて義経が命じたことなのか、もしくは弁慶がやっぱり粗忽者なだけの考えなしの行動か。

 私としては、いくらなんでも義経が帝(かも知れない方)の頭をまたげなどという不敬を命じるとは考えにくい。やっぱり粗忽者弁慶ちゃんがそうとは知らず仕出かしたことではないかなあ、と思います。かわいい。どちらにせよ、この一件で義経の疑いは確信に変わったのではないでしょうか。(描かれていない義経主従のエピソードを妄想するのは得意です。)

 

 そこに、北条(頼朝の舅筋)の家来だという相模五郎がやってきます。義経が九州へ渡るという情報があるから九州まで追討にいく途中とのこと。舟を出せと、舟宿の女房お柳に言います。お柳は先客(義経)がいるので、と断りますが、相模は納得しません。お柳に乱暴をしようとするところに、この舟宿の主人・銀平が帰ってきます。

 アツシを着て、荒々しさの中にも粋を感じる男前。銀平はさっそうと相模をやっつけてしまいます。

 

 騒ぎを聞きつけて奥から義経公が出てきます。「旅の難苦に疲れ果てたる御かんばせ」という義太夫のとおり、運命に少し疲れてしまった薄幸の貴公子です。おいしい。

 実は銀平は彼を義経と知った上で泊めています。追手が迫ってきているので早く出発するよう急かす銀平。天気模様を心配する義経一行ですが、プロの銀平が大丈夫と言うので、信じて舟へと向かいます。銀平も準備のため一端引っ込みます。

 

 義経一行がいなくなったあと、突然、銀平が白装束に白糸威しの鎧を来て現われます。実は、銀平は壇ノ浦で死んだはずの平知盛だったのです。女房のお柳は、安徳帝の乳母、典侍の局でした。彼らは平家を滅ぼした源氏に復讐するつもりで、義経を舟宿に泊めていたのでした。

 先ほど現われた追手の相模五郎も実は銀平の家来で、あの騒ぎは、義経を急かしてこの嵐の中出航させて殺すための芝居だったのです。知盛は義経を殺した後には頼朝を狙うつもりですので、頼朝には知盛は死んだと思われていたほうがよい。義経は知盛の幽霊にとり殺されたのだと思わせるために、白装束を着ているのです。

 決戦は海で行います。舟の明かりが消えたら敗戦の合図なので、お覚悟を、と言って知盛は戦に出かけます。

 

 奥座敷に場面が変わると、お柳と女中は官服を来ておすべからし安徳帝は禁色の山鳩色の服を着ています。突然の宮中。典侍の局も先ほどまでの世話女房的なしゃべり方はどこへやら、完全に貫禄ある貴人の体。この変わりようがみどころです。

 相模五郎が報告にやってきます。さっきのよわっちい姿はどこへやら、具足姿も勇ましい武者です。義経が反撃してきたということを物語り、また戦場へと戻っていきます。そして、舟の明りが全て消え、もう一人の武者がご注進に駆けつけ、知盛の劣勢を伝えます。

 覚悟を決めた女中たちは、次々入水します。典侍の局も安徳帝を諭して、一緒に入水しようとします。ここの流れは平家物語から取っていますが、かなり美しいです。そして、いざ入水しようというところで、義経たちがやってきて、典侍の局と安徳帝を助け出します。

 

 追い詰められた知盛は満身創痍で安徳帝を探しにやってきます。そこに安徳帝を左手に抱えた義経が登場。もう諦めろと説得しますが、当然聞く耳を持ちません。

 力では敵わないと、弁慶が数珠で仏法を持って倒そうとしますが全然知盛の怒りは治まりません。むしろものすごい形相がやがて悪霊の表情へと変わっていきます。

 安徳帝は幼いながらも感じるところがあり、知盛にこう語りかけます。

「我を供奉し、ながゝの介抱は、そちが情け。今日また麿を助けしは、義経が情けならば、仇に思うな、知盛」

 臣下に対して、あまりにも情け深いことばに、知盛は戦いをやめます。そして「これも、父清盛が、女の宮を男と偽り、帝に立てるなどという恐れ多いことをやった報いが、全て私に降りかかってくるのだな(だいたいの意訳)」と突然衝撃の事実を口走ります。

 安徳帝は女の子だった!!!

 平家物語でも安徳帝は女だったんじゃって匂わす発言はありますが、恐れ多いことなのではっきり書いてなかったんですが、江戸時代になるとはっきり書いてよかったっぽいですね。

 知盛は義経安徳帝のことをくれぐれも頼んで、知盛の霊は海に沈んだと伝えよと言って、身体に碇を巻き付けて、海に沈んでいきます。

 この時に、安徳帝が「さらば、知盛」と声をかけるのも、なかなか泣かせる。

 このシーンで、義経がしっかりと知盛の思いを受け取ったということが表現されてないと、知盛が碇を背負って沈んでいく悲しみがちゃんと浮き出してこない、と思います。

 

 最後に、歌舞伎だと花道で弁慶が知盛を弔うほら貝を吹くのですが、ここの役者の思い入れがお芝居を見終ったあとの満足感を左右すると思う。

 

という、まあ、めっちゃ活躍するわけではないが、なかなかかっこいい義経主従でございます。

 

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