ボーカロイドオペラ「葵上」

 ボーカロイドにゃっぽんが期間限定復活したんで、その中でボーカロイドオペラ「葵上」について書いたのですが、外部からみれないみたいなので、自ブログに転載してみました。

ボーカロイドオペラ「葵上」のページ

 初音ミクが歌い、文楽人形が踊る。それがボーカロイドオペラ。

 ニコニコ動画にはまってたことのあるボカロクラスタなら、すごいうんうん、分かるってなるストーリー。だからすごく現代的なんだけど、すごいしっかり源氏物語の「葵上」をなぞってて、古典的でもあるの。

 光が最後まで出てこないんだけど、これは能の「葵上」が非常にミニマム(? なんか間違ってるかも)な表現をしていることを踏襲しているそうです。

 そして文楽人形。まずお衣装が文楽でよく見る江戸時代の服じゃなくって、未来的なようで、それでいて古代風でもあるような(奈良時代とかみたいな)不思議な感じ。

 人形の顔がぱっと一瞬で変わるのとかもすごいぴっくりするんだけど、これは元々ある技法らしい。けどその中に新しい工夫もあるらしくて文楽好きの方は感動されてました。

 あと、見よう見ようと思っていたのに最近までこの葵上をみなかったのは、やっぱり太夫・三味線の不在というのがあった。文楽は三業といって、「義太夫・三味線・人形」があって、はじめて成り立つものとされる。(しかも、伝統的には義太夫さんの方が人気があるものなのです)

 ここから私の勝手なイメージなんだけど、文楽ってアニメに似てるかなって思うんですよ。人間とは全然違うけれど、人間にとても似ているデフォルメされたもので物語をつむぎ、時に人間以上に人間らしい表現を可能にする演劇。そして人形師さんはアニメーターに近くて、義太夫さんが声優さんに近いのかなって。だから声優さんの方が人気あるけど、アニメーターさんだってすごいよねっていうところとか似てないですか?

 それはそれとして、義太夫が主役みたいな風潮もどこかにあるので、義太夫のない文楽なんて、、というのが私の中のどこかにあった。そう思ってる文楽ファンの方、きっといると思うけど、ホント騙されたと思って見てほしいこのボーカロイドオペラを…。

 もちろん、初音ミクに嶋太夫さんみたいな義太夫は語れない。でも、それはそれ、これはこれなんだと思います!

 音楽的には全く別物だけど、それぞれ違ってそれぞれいいんだよ! 新しいものの良さも古きものの良さもあるけど、それは比べられないものだと思う。

 これって、ボカロ黎明期にあった「人間の声が一番」論争と一緒なのかな。今もあるかな。ボカロ曲を歌い手さんの歌でしかきかない人とか。

 私はそういう人を「あーもったいない。鏡音のカツゼツの悪い歌が聞き取れるようになる快感を知らないなんて!」と思ってたはずなのに、

義太夫については同じこと思ってた!

頭固い! 猛省します!

 初音ミク美空ひばりに勝てないけど、美空ひばり初音ミクになれないんだよ!

ということばを「葵上」の登場人物ミドリに捧げたいと思います。

 あと、知識がなさすぎてうまく語れないのではしょったけど、

音楽も演出もめっちゃかっこいいから見て…

見てしか言えない…

 よく言われることだけど、ホントに文楽ボーカロイドはにてるな~て思った。

 人形に人間から離れた能力を与えながら、それこそが人間性を表現するみたいなものは日本人がとても好きな表現方法で、文楽にもボーカロイドにも根底に流れている思想なのかなって思う。

 

長くてまとまりのない文章読んでくれてありがとう。