雪組公演『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル』『FROZEN HOLIDAY』

 雪組公演『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル』『FROZEN HOLIDAY』、度重なる休演のあとのラスト2日、公演される日にたまたまチケットが取れていたため見ることが叶った。
 有愛きいさんの自死があり、揺れに揺れた宝塚。コロナ禍で見て感動した『シャーロック・ホームズ』がいじめの舞台になっていたこと、有愛さんのプロフに新人公演で演じられたメアリー役を「好きだった役」として挙げられていることなどを知り、たまらない思いになる。
 雪組も体調不良者が出るなどして、心身ともに大変な状態での上演であることが分かっていたし、ただあっけらかんと作品を楽しむ気持ちにはなれなかったことは仕方がないかと思う。私は宝塚はファンと言えるほどの熱心な観客ではなく、しかしシャーロック・ホームズのファンであり、『シャーロック・ホームズ』の生田大和さんの作ったこのお芝居がどうしても見たかった。

 生田大和さんが『シャーロック・ホームズ』後から熱く語っていたという、コナン・ドイルを主役とした念願の作品。史実を下敷きにした部分が多いため、すごく盛り上がる作品というわけでもなかったが、決して順風満帆とは言えないコナン・ドイルの人生をもとに、苦しいこと、悲しいこと、思い通りにいかないことがあっても、ひたむきに、実直に人生を生き抜くコナン・ドイル像を描いて良作だった。彩風さんの演技力で愛嬌と実直さを兼ね揃えたコナン・ドイルの姿が浮き彫りになり素晴らしい。後妻ジーンは出てこないにしても、ルイーザは亡くなると思っていたので、まさかの奇跡によりアーサー・コナン・ドイルとルイーザの幸せな後生が描かれて、これはもしかしてコナン・ドイルの想像力が生み出した理想の世界なのだろうか…、とかハッピーエンドの中にも謎を残す展開、考えさせられる結末でそこも面白かった。
 ホームズ好きとしては、コナン・ドイルとホームズの関係を対立としてしかとらえない作品が多い中、その和解までを描いてくれたところが、さすがシャーロキアン生田大和といったところで拍手喝采である。コナン・ドイルを「ワトソン君」と呼び、最後には「僕は君自身なのだから」というシャーロック・ホームズ
 苦しい人生を、最後まで他責思考にならず、実直に生き抜くコナン・ドイル。良い作品だった。今宝塚大劇場で掛かっている芝居がこれだったのは良かったと思う。
 『フローズンホリデイ』は雪組100周年に向けた、祝祭的なスペクタキュラー。ひたすら楽しい。しかしこのひたすら楽しい気持ちにぐいぐいと乗っかっていくことができない自分がいてややつらかった。和希そらさんが本公演で退団されるので、スポットライトが当たる場面が多い。華もあり、歌唱力もずば抜けていて、人気があるのもよくわかるスターさんだった。目まぐるしく動いていく、息もつかせぬ展開は素晴らしくてよかった。ただ、ラインダンス前の大きな鏡の前でみなさんが円になって寝転がって手足を上げ下げして集団で演技されるシーン。衣装がつるっとした素材だったこともあり、なんか巨大な一つの生物のように見えて、正直怖かった。S席だったら一人一人の人間の顔がはっきり見えるだろうと思うのでそこまでじゃないんだろうけど、A席からだと、ひとつの集合体がうごうご動いてるようにみえてちょっと気持ち悪かったんですよね…。若干集合体恐怖症を引き起こした…。なんかあんまり生徒さん一人一人の魅力も感じられない場面だしなんのためにやっているんだろう、て思ってしまいました…。あとから考えるとあれは雪の結晶をあらわしていたのかな? て思うんだけど、なんか私はやっぱり舞台の装置としてより、個々の出演者の技術を見たいと思うので、いらない場面だったかなと思う。ラインダンスは団体技とは言え、個人個人の技量の上に積み重なった精緻な技術だと思うのでいいんですけど、あの手足の上げ下げはそこまで個々の技術のすごみとか感じないし……。

 私は数年に一度程度しか宝塚大劇場を訪れない、超ライト観客層です。宝塚の売り上げに全然貢献していないし、ファンとは言えないと思います。それでも宝塚にたいして、憧れのようなものを抱いていた層ではあります。昨日劇場に行って、この美しい劇場に入るたびに感じていたワクワクを全然感じられなくなっている自分に気づきました。舞台の裏側を知ってしまうと夢の世界に入り込めなくなるというのは本当にそうだと思う。でもそれでも私はその一端を知ることが出来て良かったと思う。自分の無邪気さが時に人を追い詰めるということに向き合いたいと思った。『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル』はそういうお話だと思う。私は後の世のファンだから、シャーロック・ホームズをある種客観的に愛することが出来る。でも同時代にコナン・ドイルが生きていたら? 私は彼を苦しめずにファン活動ができたかしら? それを自問しました。舞台の裏側を知った以上、愛情の対象を出来るだけ追い詰めずに愛せるようにしたい。宝塚の生徒さんたちが、ただひたむきに芸と向き合えるように、宝塚歌劇団には改革を求めたいと思います。今後しばらく宝塚の切符を買うことはないでしょう。大劇場にしばしの別れを告げてきました。また会えるよう、舞台上のスターたちになんの屈託もなく笑顔を向けられる日が来ることを心から願っています。