超歌舞伎2022「永遠花誉功」がより面白くなる基本知識

超歌舞伎とは!

 2016年に「ニコニコ超会議2016」内の企画としてはじまった、ボーカロイド(バーチャルシンガー)「初音ミク」と歌舞伎役者「中村獅童」を主役とする新しい歌舞伎。NTTによる最新のバーチャル技術と、歌舞伎のアナログなケレン味が合わさり、ストーリーも歌舞伎の伝統を踏まえつつ毎回新しい物語が綴られます。
 毎年「ニコニコ超会議」内で興行される他、2019年からは京都四條南座にて本興行(歌舞伎専用に作られた劇場で行われる、だいたい一ヶ月の興行)としても上演されています(コロナで2020年はなし)。今年2022年は新橋演舞場南座をはじめ全国の劇場をツアーで巡ることになりました!

超歌舞伎2021

超歌舞伎のスター・システム

 超歌舞伎では、毎年いろんな時代の、様々な人たちの物語が展開されますが、そのほとんどすべてのストーリーの根幹に「白虎と青龍の戦い」が関わっています。白虎と青龍の因縁については、「今昔饗宴千本桜」(初回2016年、再演2019年)にて語られますが簡単に説明するとこうです。

はるか昔の神代の時代、日の本を魔界にせんと目論む青龍(澤村國矢)が、日の本を守る千本桜を枯らしてしまう。その後、千本桜を守護する役目を持つ美玖姫(初音ミク)は、千年以上もの間、枯れた千本桜を守護してきた。時は平安時代、美玖姫はかつて許婚だった白虎の転生した姿、佐藤忠信中村獅童)と出会う。二人は千本桜にふたたび花を咲かせようと力を合わせ、青龍を封印することに成功する。

 この後も青龍はいろんな時代に何度も蘇り、人を操ったり、時には自分自身の力でもって、日の本を魔界にしようとたくらみますが、そのたびに白虎が転生した人物、もしくは白虎に力を与えられた人物とその恋人(じゃない時もある)の女性によって封印されるのです。

 この大前提が分かってないと、突然龍が出てきて暴れまわるのがなぜかよく分からないと思うので、龍っぽいものが出てきたらそれは青龍、白い犬っぽいものが出てきたらそれは白虎と思って見てください。

 

 そして青龍の人間の姿・もしくは青龍に操られている人物を澤村國矢白虎・もしくは白虎に力を与えられたヒーローを中村獅童美玖姫・その他なんかすごい力を持っている女性の役を初音ミクが必ず演じます。役者を見るだけでその人の物語での役割がだいたい分かるシステムです。

 とはいえ、はじめて歌舞伎を見る人には、化粧した歌舞伎役者の顔を見分けるのは難しいと思います。私も歌舞伎初心者だった時代があるので分かります。では今出てきたのはどの役者なのか? それを知ることは超歌舞伎では超簡単です。周りの人の振っているペンライトの色を見てください。ペンライトの色が赤だったら中村獅童、青だったら澤村國矢です。初音ミクさんは唯一無二、あまり化粧をなさらないのでお分かりになると思いますがペンライトの色は当然緑。今出てきたのが敵か味方か、これで簡単に分かりますね! 好きな方を(まあ出来たら両方を)ペンライトで応援しましょう!

 

テーマソング「初音ミクの消失

 超歌舞伎は、毎回ボーカロイドの有名曲がテーマソングになります。今年のテーマソングは初音ミクの消失(cosMo@暴走P/2008年)。人間ではない初音ミクの悲哀を描いた初音ミク黎明期の傑作です。この「初音ミクの消失」の世界観が物語に深く関わってくるので、もしこの曲を聞いたことがないのであれば、劇場へ行かれる前にぜひ一度聞いておいていただきたいです。可能ならば、歌詞サイト等で歌詞も読んでもらえるとありがたいです。もちろん聞いたことなくても物語は理解できますが、エモ度が桁違いなんで! あと劇場で楽曲を聞いてもおそらく歌詞は聞き取れないので動画見て行ってください…! ニコニコにオリジナル、Youtubeに暴走Pのリメイク版が上がってます。古参ファンでオリジナルは聞いたことあるけどリメイク版のMV見たことない人は、一回だけリメイクのMV見てから超歌舞伎行ったほうが楽しめると思います…! リメイク版MVを見て!!


www.youtube.com

元ネタの古典歌舞伎

 歌舞伎の作劇方法に「書替え」と「綯交ぜ」というのがあります。書替えは先行作品のストーリーを元に、人物や場面を変えたりして新しい作品に書き換える方法、綯交ぜは複数の「世界」を掛け合わせて新しい一本の作品に作り変える技法です。超歌舞伎はこの書替えと綯交ぜを多用して、非常に歌舞伎らしい作劇を行っています。先行作品を知っておくと面白さが格段に違いますので、今回の「世界」である「妹背山婦女庭訓」について、少し解説いたします。

「妹背山婦女庭訓」(いもせやまおんなていきん)

 文楽・歌舞伎の三大狂言の一つ。今年の超歌舞伎「永遠花誉功」はこの作品の世界です。大化の改新の直前、帝位を狙う蘇我入鹿を、天智天皇中臣鎌足が討ち取るまでの物語です。
 この物語の中でも特に有名な場面が二つあります。

吉野川』(日本版「ロミオとジュリエット」)

 大判事清澄と太宰の後室定高は領地争いで家同士対立しているが、それぞれの子供・久我之助と雛鳥は恋仲となってしまった。そこに入鹿は、久我之助を入鹿の家臣に、雛鳥を入鹿の妾にせよと難題を押し付けてくる。久我之助と雛鳥は、入鹿の言いなりになるよりはとそれぞれ死を選び、親たちもせめて相手の家と相手の子供の命を助けるために、自分の子供の死の決意を受け入れる。二人がそれぞれに自害したあとに、清澄と定高は相手の子供も亡くなったことを知り嘆き悲しむ。せめてもと雛鳥の首を吉野川対岸の大判事清澄の家へ川を渡して送り届け、久我之助に死後の嫁入りをさせるのだった。

 

 「超歌舞伎」では太宰の後室定高の娘「苧環」を初音ミクが演じます。定高の子は雛鳥のはずなのに名前が違います。これはたぶんわざとです! あれ? と思ってください。

「道行恋苧環」「三笠山御殿」(苧環がつなぎ、断ち切る恋の三角関係)

 町娘お三輪は求女という美男子に恋しているが、求女はじつは藤原鎌足の子、淡海の世を忍ぶ仮の姿である。求女は入鹿の家へ忍び入るため、入鹿の妹・橘姫と恋仲になっており、求女は橘姫と会った際に姫の服に苧環に巻いた赤糸をつけてその跡を追う。嫉妬したお三輪も求女の服に苧環の白糸をつけてさらにその跡を追うが、途中でお三輪の白糸が切れてしまう。入鹿の家までついて来た求女に、橘姫は求女の正体が淡海であると気づいていたこと、さらに愛する淡海に討たれるなら本望だと告げる。感心した淡海は橘姫が入鹿の宝剣を奪ってくるのであれば結婚すると告げる。

 お三輪もようよう入鹿の館へたどり着くが、求女と橘姫が結婚すると聞かされて嫉妬に狂う。髪を振り乱し奥に駆け入ろうとしたところを、鎌足の家臣・金輪五郎に刺される。五郎はお三輪を「女悦べ。それでこそあっぱれ高家の北の方(正妻)」と褒めた後、求女の正体と、なぜ五郎がお三輪を殺したかを語りだす。実は入鹿を討ち果たすマジックアイテムを完成させるには、嫉妬に狂った女の血が必要だったのだ。求女とは所詮身分違いで結ばれぬこと、自分の死が淡海のためになることを知って、お三輪は満足して死んでいく。

 

 金輪五郎は「妹背山婦女庭訓」では主役級の役ではありません。しかし超歌舞伎では主役の中村獅童の役名が金輪五郎です。あれ? て思いました。そして、苧環苧環はこの物語では恋をつなぎ、あるいは断ち切る道具で、人の名前ではなかった。ということを頭に入れておいていただけると超歌舞伎2022が面白い、かもしれない。

 

 その他詳しいあらすじや見どころは松竹さんがレポートしてくれていて、とっても分かりやすいんですが、めちゃくちゃ重大なネタバレがばっちり書いてあるので、初見の方は個人的には見ないでほしい……けど、超大事なネタバレをされても大丈夫だぜ! て方はこちらから↓

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