「風立ちぬ」を見て思ったこと

 「風立ちぬ」とアメリカのドラマ「MAD MEN」 は表現手法が似ていると思う。現代が舞台だと批判されるもの(喫煙、仕事ばかりで家庭を顧みない(顧みられない)男性、夫を支える妻)を描くリスクを、「そういう時代だったから」という理由で批判をかわしているところが。

 ちなみに「MAD MEN」の方はそのことをよく自覚し、手法が偽悪的だと思う。「ホントはニガーとかバカだと思ってんだろ?」「同性愛者なんて気持ち悪いだろ?」「男の職場に女が入ってくんなって思ってんだろ?」という感じで、今のアメリカ人が言ったら社会的に抹殺されそうなことをバンバン言ってるところが人気の秘訣だと思う。MAD MENの批評はうちの姉の受け売りですが、的を得てるなと思ってお借りしました。

 裏返すと、今の時代、表現に対する自主規制が激しすぎるということではあるけれど、「MAD MEN」の方は(特に1期では)第二の主人公とも言うべき社会進出する女性の目線から描くことで女子の支持を獲得していたが(黒人に支持されてはいないとは思うが)、「風立ちぬ」に出てくる女性たちって、女子的には感情移入しにくいよネ。70代女子、片岡秀太郎さま(上方の伝説の女方役者)にも不評のようでした。

 批判されかねないものを批判をかわす手法で描くのなら、もうちょっとそのことに自覚的であって欲しかったなと思いました。